【B毒の汚染】 第一章~露出~ その4

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三年生が合唱する番となり、私たちは、演壇の上に整列したことと思います。

♪これから始まる~暮らしの中でだれかがあなたを 愛するでしょう~だけど 私ほど あなたのことを深く愛したヤツはいない~1

舞台上のひな壇の並びは、クラスごと男女左右の配列になっていて、三年一組男子の先頭であるBや私は合唱団の正面中央に位置していました。卒業アルバムを見返すと、合唱中の私をおさめた写真が二枚あり、私の記憶には残っていませんでしたが、私は満身創痍のためか、その二枚ともで目をつぶったまま口を開いていました。その横でBは、そしてGも、心なしかまぶたを開き気味にして黒目の光沢を増させた、嘲笑いの目をしていました。
卒業生が演壇から列席に戻った後では、Bはさすがに私が過呼吸を起こして以降は、私のアゴに触る手を休めていましたがまたSを「チビ、チビ、チビ助」とこき下ろし始めました。
「三年生を送る会」の最後を飾るくす玉割りの企画がありました。床に敷いたブルーシートに割れたくす玉からこぼれ落ちた紙ふぶきは、去年はそんな物ではなかったのですが、四割の色紙に六割の新聞紙をつなぎに使い、まゆ型の白い緩衝材をところどころ混ぜたひどい物でした。
くす玉割りの間は大人しくしていたBでしたが、「三年生を送る会」が閉会し、三年生が後ろのクラスからクラスごとに立ち上がって行列して体育館から退場する段に入って、前側のクラスに順番が来るまでの無沙汰な時間になると、床に散った紙ふぶきをすくい上げてSにかける遊びを思いついてそれを幾度も繰り返していました。Bの心理など分析したくもありませんが、その最中のBはまたなぜか苛立った形相をしていました。
私はこの時、Bに一方的に法益を奪われてきたのに、それでも他人に献身する姿を演ずることによってIに同情をしてほしくて、Bのかけた紙ふぶきの一片がIの制服のボタンに引っかかっているのをとってあげました。
そしてSやIの所属する2組の列が立ち上がって出口へ向かった後、私たちのクラスの列も立ち上がって動き出す時、Bは、床に散った紙ふぶきのそばの通りがかりに、それをまた一すくい拾い上げ、後ろを歩く私にそれをかけ、すぐに踵を返して逃げるように急ぎ足で二組の列の背中の方へ去って行きました。

結局、Bは私に思いつく限りの侮辱行為を働き、私は反抗らしい反抗もできないまま「三年生を送る会」の三時間がおわりました。私はその夜、Bがこの世にいる嘆きや憂いが駆けめぐり、まぶたどころか上半身全体が腫れぼったい気持ちで床に就きました。この日が、これから永きにわたって縛り付けられる災厄の初日であるとは、私には知る由もありませんでした。一方でBはこの夜をこよなく多幸感に浸りながら過ごしたに違いないのです。

その夜が明けた日は卒業式でした。卒業式での席順は番号順でしたので、私はBと隣接することはありませんでした。しかし卒業式が終わり、生徒が教室に戻っているけれど先生や父兄はまだ戻っていない時に、Bは私を見かけて近づいてきて、
「たっちゃん、猫のはなし、話す気になってくれた?」
と言いました。その時のBの表情は、私がBをにがにがしく思っているのを知りつつ、私の憎しみを増大させる思惑のためにつくられた、わざと親しみを込めた顔でした。Bはもはや私を、振ればドーパミンの飴が出てくるブリキ缶としか見ていませんでした。こう言われた時でさえ、Bの卑劣で無慈悲な人格を知っている私は愛想笑いを浮かべてしまいました。意気地なしだから。

〈第一章 ~露出~〉 完

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  1. 投稿者注釈:本文中の歌詞(♪これから始まる~暮らしの中でだれかがあなたを 愛するでしょう~だけど 私ほど あなたのことを深く愛したヤツはいない~)は『「贈る言葉」 作詞:武田鉄矢・作曲:千葉和臣』からの引用

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