最終章 ~螺旋の路地~

〈最終章 ~螺旋の路地~〉

私はようやく全ての枷を取りはずすことができました。本家毒も、伝播毒も、肉付きの面も、周囲のオブジェクトに憑依した侮辱の記憶も、不眠恐怖も、騒音恐怖も、一人ぼっちの孤独感も、読書習慣についてのみじめさのイメージも、精神医療に対する極端なマイナスイメージも、全てはおぼろげに思い出される夢となり果てたのです。
睡眠導入剤の減薬が進んでいく間に、私は長谷部先生にある疑問を問いただしました。
「先生、Bにしつこく触れられた部分に不快感が生じたという現象は、強迫性障害に含まれるのですか?」
初診時の長谷部先生の見立てではそのように取れる説明であったし、実際、本家毒は強迫性障害の治療法である曝露反応妨害法によって快方にむかった訳でしたが、強迫性障害という病への見聞を広めるほど、本家毒はその範疇から浮いている、と感じたのでした。
「ああ、確かにあの時はわかりやすくそう言いましたが、その症状は強迫性障害とはちょっと違いますね。」
「では、なんという病名がつくのですか?」
「えーそうですね、身体表現性障害・・・・・・と言ったらいいのか・・・。転換症状・・・とも違うし・・・、幻触ではないし・・・・。病名と言われると、ちょっとわからないです」

【身体表現性障害】:医学的に説明できる器質的な異常が見当たらないにもかかわらず、患者が身体関連の執拗な訴えをする状態像を総称した症候群名。

【転換症状】:無意識領域下に抑圧されたストレスや葛藤が、知覚あるいは随意運動系の身体症状に変換された反応である。その症状は一般身体疾患によっては十分に説明できない。現在では疾患単位ではなく、転換反応といった反応の仕方としてみることが主である。複雑多彩な身体症状を示し、症状の発生や悪化には、ストレスや葛藤といった心理的要因が必ず絡んでおり、症状は意図的に作り出されていないということが特徴である。患者は症状の発生がまず葛藤の解決法(一次疾病利得)となり、また症状を武器にして周囲を動かす二次的疾病利得の特徴をみることが多い。転換反応はヒステリー反応の一つとして分類される。ヒステリー反応には転換反応のほかに精神症状に変換される反応(解離反応)がある。これらは別個に発現することが多いが、合併することもある。

【転換性障害の症状】四肢の運動麻痺、失立、失歩、失声、嚥下困難、書字困難、痙攣、後弓反張異常運動(舞踏病あるいはアテトーデ様感覚障害ヒステリー盲、ヒステリー聾、視野狭窄、難聴、卵巣痛、乳房痛、限局性頭痛・腰痛、下肢痛、痛覚・触覚・味覚・臭覚の脱失あるいは過敏、ヒステリー球その他1

【幻触】:幻視、幻聴、幻臭、幻味と並ぶ幻覚症状の一種

「身体表現性障害には伝播毒のことも含まれることになるんですか?」
「ええ、そう言っていいと思います」
「転換症状の説明は適合しているかもと思ったんですが、違うんですか?」
「はい・・・。転換症状というと、患者さんに悩みが原因で身体的症状が起こってると説明すると、納得してもらえて苦痛はなくなっていくことが多いんですよ。心の底に病気になって同情してもらいたいという心理があるんだと思います。立瀬さんのように、自分で原因がわかってて症状が四年続いた、というのはあまり聞かないですね」
「ではどうして、先生は曝露反応妨害法が有効だとわかったんですか?」
と尋ねると、
「精神療法には、向精神薬を使って統合失調症の人の幻覚を消すこととか、内因性のうつ病の人の抑うつを和らげることとか、薬を使うしかない場合と、患者さんに社会生活に適応できるようにずぶとくなってもらうしかない場合の二種類しかないんですよ」
とのことでした。
上記のように、精神医学の現場では「不快だと思っている人物に触れられることによって皮膚に不快感が生じる現象が存在する」ことは、特に有名ではないようでした。いじめ後遺症の自助グループや、強迫性障害の患者会で、私の経験談を打ち明ける時の「そいつに触れられた部分に不快感が生じていたのです」のくだりでは、みんな目を見開いて驚くものでした。それに、人間生活に入るようになってから観察をしてみると「他人に急に触られるのはイヤ」と言う人は結構いるようでした。
そんな現象が世の中にあることを発表した者の責任として、本家毒の正体について私なりの結論を述べておきたいと思います。
本家毒は、皮膚の記憶だったのだと思います。私は、視覚的、嗅覚的、聴覚的、行動的オブジェクトに触れることによって記憶を蘇らせる自分の特性について記して来ましたが、触覚もまたその例に漏れなかった、ということだと思います。生物の五官の内で皮膚感覚の働きは生存確率上昇のための情報源としては地味なようですが、ちゃんと活躍しているということだと思います。

さて私は、2010年の6月中旬になると、福島の祖母宅に出かけ、前年抑えつけられていた反動によって暴走する果実酒欲の赴くままに、お酒を自ら買えるようになった年齢を携えて酒屋を回り、瓶の洗浄を手早く行えるようになったことも手伝って、米焼酎、芋焼酎、黒糖焼酎、粕取り焼酎、栗焼酎、泡盛、ジン、ラム、ウォッカ、ウイスキー、ジョージアムーン、アクアビット、ブランデー、ポートワイン、カルヴァドス、スピリタス、テキーラ、グラッパ、アラック、カシャッサ、白酒、汾酒、茅台酒、と東西南北の液面合計100リットルに梅を漬け込み、さらに盛夏には100個以上の桃と桃仁酒を消化器官に塗りこめて、ようやく私は「福島は楽しいものである」という理を取り戻しました。

社会復帰の方面のことにも進展があり、大学進学の計画は立ち消えとなりました。自分の夢のために大学進学は大した意味がないことに気づいたのです。自分の心の声に耳を傾けると、私の適正はどうも果物に触る仕事であるようで、私は将来の職業として果物農家となることを見定めました。ただ、その進路なら30代に入っても就けると思われましたので、若い間は都会に暮らして、人との思い出を沢山つくろうと考えました。
私は、職業訓練校の二ヶ月間の講習でヘルパー二級の資格を取り、新宿区内の訪問介護の仕事に就き、一人暮らしをすることにしました。訪問介護の仕事を選んだのは新宿の街を駆け回れるからでした。後に思い出して懐かしめるような光景をたくさん目に入れたかったのです。

そうして訪問介護の仕事はアルバイトでした。本業としては、私は新宿二丁目のゲイバーの店子をやりたかったのです。

〈最終章 ~螺旋の路地~〉 完

B毒の汚染 (了)

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