【孤独な生徒のデスマーチ】

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最果ての地すら追われた私は、いよいよ常人の体裁を保つために脳を振り絞りました。一号館四階と一年四組がある三号館二階を除いた各階を一めぐりするのが、私の常套の策でした。この時私は、立ち止まらず振り返らずに、すべての渡り廊下と各号館に二つずつ設けられている階段室を平等に使って、同じ場所を二回通らない原則を守りました。教室前の廊下沿いに置かれたロッカーに腰掛けて友人と談笑する生徒というものが一クラスにひと組はあって、その前を何度も行き来すれば私にあてどがないのを気取られてしまうと思われました。言うまでもなく校舎を周回できるのは一巡きりで、私はツアーの間じゅう重要な目的を果たしに赴くかのような毅然とした表情を崩しませんでしたが、仮面の下では今にも道が続かなくなるとおびえていました。私は、終着点に行き着くまでを一秒でも長くもたせ、なろうことならその地を踏む前に昼休みが終わるのを迎えたいと、あるいは道中にあるトイレに寄っては、小便器の前に立ち、小用を足す風を装って人が入ってくるまでの束の間を稼ぎ、あるいは、各所で水道を見かけては、丁寧に手を洗ってから入念に水気を拭き取り、あるいは、時々壁に貼られているポスターをすみずみまで穴が空くほど見つめ、近日開かれる予定の催し物に奮っている姿を演じ、あるいは、職員室のそばまで来て、廊下の壁に掲げられている授業の予定変更を知らせる黒板に自分のクラスのことが何も書かれていないのを眺め続け、あるいは、壁に飾られたいつのともわからない何かの賞に入選したという絵画や書画に、造詣もないのに感じ入っている振りをしました。常にいかにも目的意識を持った表情を強いられているために、歩く速度は思う通りに緩める事ができませんでしたが、一号館一階の校長室や応接室や事務室や保健室や印刷室や用務員室が並ぶ廊下などで人気が見えない時に、立ち止まって人が通りかからないのを祈っていることもありました。

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