【孤高の鬼才を演ずる】

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ところで私は、同級生の誰とも親しい間柄を築けず、友愛の情を向けられない境涯に置かれたがゆえに、自己の人甲斐(ひとがい)の水準が劣っているという考えに常に迫られてあり、そうした自己否定感を、学課の成績が傑出しているという美点を身につけるによって抑えたい心積もりがあって、自宅ではもっぱら勉学に勤しんでいました。学業に励もうという決心は、松永一考から踵を返した瞬間に定まり、同じ一瞬の内に「難しい大学へ進む勉強に専念するために昼休みに図書室に通う努力家の青年」を演ずるという案が浮かびました。その案の持つ、「自分は同級生との談笑よりも読書を好む青年なのだ、と言い張るのに比べて周囲を納得させやすい」という利点は魅惑的でしたが、私はポリシーでそれを選択肢からはねつけていました。私が自主的に机に向かうのは自宅での事に限り、定期テストの点数を上げるために血眼になっている本心はクラスメートにはおくびにも出しませんでした。一度授業で聞いた内容は、復習もせずに記憶し続けていられる人智を超えた頭脳に絶対的な自信を持っている人物風をアピールするによって、私が常に同級生の前で見せている難しい表情に含意した「自分は交友関係を温める事に頓着していない」との強弁に信憑性を増させ、もって孤高の美徳を自らに映えさせるこそ、私の考える家庭学習に費やした時間の最も理想的な報われ方でした。定期テストが間近に迫っていて先生の裁量で授業が自習になった時や、試験当日のテスト課目毎に間に置かれている10分の中休みにさえ私は、自分の席で腕組みをするか頬杖をついて窓の外を眺めていました。そうして、テスト返しの日には、心の隔てなく互いの点数を聞き合える仲もない私は、単にしまい忘れた風を装って、クラスで最高ランクに位置するはずの答案を机上に残して、その日の昼休みが終わるまで席を外していたものでした。

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