【20秒チャージ4時間キープ】

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その明くる日にも、私は最果ての地区でアンパンを、そのまた明くる日には昆布おにぎりを、やはりろくに噛まずに味もなにもわからないままに喉の奥に押し込みました。すなわち私はだんだんに匂いの少ないものを昼食に選んでいたわけですが、イースト菌の香りも海苔の香りも、人に気づかれる恐れによって、私の鼻には普段の何十倍もの精度に検知されてしまっていて、残り香への恐れは消えることはありませんでした。
その次の日に、私は同じ場所で、事前に買っておいた二本のウイダーinゼリーを、これもチューブの腹を握りしめて一瀉千里に食道へ流し込みました。この日以来「正午には形のあるものを食べる」という幼い頃からの慣わしは、高校卒業までのおおよそ三年間、途絶えることとなりました。私は、自分のウイダーinゼリーを同級生には影も見せたくなくて、鞄からゼリーを取り出す手間さえ気が重く、上着の左右のポケットを不自然に膨らませないで携行できる限度であるウイダーinゼリー二パックが、私が取れる昼食の最大量と決まりました。私が家に帰って何を置いてもまずするのは、絞り上げたチューブをポケットから取り除くことでした。
この時期の内で、色濃く印象に残っている情景があります。それはウイダーinゼリーのカートンです。私はその生活必需品を、初めは放課後ごとに帰路の途中のスーパーで2パックずつ購入していました。しかしほどなくしてある休日に、自宅に近いスーパーにウイダーinゼリーが紙箱に六個入りされた商品が割安で売られているのを見つけたのでした。
その陳列棚を視認した私は、何か珍宝を発見したかのようにまぶたをあげて、小走りにそのほうに寄って、他のお客に取られるのを恐れるかのように、妙に手早い動作で、カロリー重視の青色の物をまず何箱かカゴに積むと、それから「カロリーは落ちるけど他の種類も買ったほうが飽きなくていいかな」という内容のことを心の中で独りごちて、色とりどりでカゴを満たしていったのです。
冷静で客観的な目で見れば、ゼリー飲料を安買いできたことは少しも喜ばしいことではありませんでした。その場の私としても、そのことを本心から喜んでいたわけではないのです。
他の買い物客が目にした私のはしゃいだ行動はあくまで芝居がかった物で、先に述べた心の中の独り言もより正確には「青色のウイダーinゼリーエネルギーマスカット味よりもカロリーは落ちるけど緑色のウイダーinゼリーマルチビタミングレープフルーツ味や赤色のウイダーinゼリープロテインヨーグルト味も買っておいたほうが飽きなくていいかな」などという、視覚によって既に充分に認識していることを意識的にことさらに言葉にして、心の外郭と体表との中間でわざとらしく応酬させているだけの、ただの空騒ぎであったのです。そうして、大量購入の挙動中、私の心の核心の最も中心の部分は、自分の演技的動作や空騒ぎを冷めた目で観察しながら「どうして自分は昼食をゼリー飲料で済まさなければならないんだろう?それは、自分には学校で友達が独りも・・・・・・・」とかすかな声を挙げていたのです。心の奥底の本当の気持ちを、自分に対して押し殺して、周囲に対しても演技的な動作によって押し隠している状態は「心理描写学研究所の目的」や「動物と話せる青年マサキ」でも触れたように、高校生の私におなじみのことであったわけですが、新入学から一ヶ月も経たずして、つぎはぎの精神構造はかなりできあがってしまっていたのです。そのことを象徴している意味で、この一場面の記憶は、私の印象に色濃く残っているのです。

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