【孤独な生徒の教室への戻り方】

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四時限目が終わるとすぐに一人教室から立ち去り、五時限目が始まる間際に舞い戻る立瀬マサキはどこで昼食をとっているのか?という議題についての1年4組内の関心は、日を追うごとに高まって行きました。
2005年5月17日には、すでに条件反射になりつつあることでしたが、私が昼休み終了間際に「自分には直前までの昼休みの過ごし方について何も恥じる所などない」と暗に主張するために、ことさらに颯爽とした身のこなしを作って、わざと前後に設けられた引き戸の前の方のを使って教室に入ると、室内の中央で数人の男子生徒たちと寄りあった奥村進が
「来たぞ」
その事を仲間に告げ知らせて、彼らは一斉に私の方に視線を向けました。奥村進はさらに
「毎日どこで昼メシ食ってんだよ?トイレで食ってんのかよ?」
と、あざ笑いを含んだ、太っちょ特有の野太い声で、しかも仲間に言っているのか私に直接言っているのかわからない音量で、その議題を煽りました。新入学から一ヶ月以上も経ったこの日に至っては、誰にとっても、もはや初対面らしい他の生徒への遠慮も失われつつあったのでした。
当時の私の座席の配置は教室の後ろの窓際にあり、すなわち私は教室の外周の半分を通って自席に戻ったわけですが、その間、私の歩く軌道にそって彼らのレンズも、拡声器の向きも調整されていました。しかし私は、言い放たれた言葉に特に弱いところのないあくまで何らかの正当な理由で昼休みの間だけ教室から抜けている人物らしく平常心を保っていると見せかけるため、努めて表情を前と崩さず、その集団へ一瞥もくれないまま着席をしました。

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