【B毒の汚染】 第八章~隠された古文書~ その3

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森田療法を学んだことによって、不眠および多夢の悩みは全快し「伝播毒」の正体をつかむことができ、それから解放された未来の自分のビジョンも思い浮かべられるようになりました。
皮膚にケチがつくことについての心の持ちようは次のように変わりました。皮膚にケチがついて、当該の部分に冷感と疼き感が生じ始めても、「精神交互作用によってその部分の正常な皮膚の感覚が強化され始めているな」と、俯瞰的な立ち位置から観察できるようになりました。その現象の要素である、「今のところ皮膚感覚は大丈夫だよな・・・」とつい短絡的に安全を確認したくなる自分の心の声にも気づくことができるようになりました。この分岐点に「われわれは決して、思い通りの感情を自分で作り出すことはできない、感情は環境に応じて次々に自然に変化するものである」という森田先生の格言を思い浮かべて、とにかく周囲の有様を、書きかけの推理小説が広げられた机であったり、便の溜まった猫のトイレであったり、なすべき仕事がある視界に変えるように心がけました。また私は、体のどこかが圧迫されている時にメディアから流れるBと関係するイメージを見聞してしまった、という皮膚へのケチの付きかたをした際には、それまではあわてて圧迫物を離していましたが、曝露反応妨害法を応用する気持ちから、また森田療法でも、「自己実現と関係のない強迫観念を打ち消すはからいごとは厳に慎むべきである」と再三触れられているのを念頭に置いて、圧迫されたままにするようになりました。その内に、Bに関係したオブジェクトに触れることによって、皮膚にケチがつくということが、というよりか、周囲のオブジェクトがBに関係するかどうかで仕分けすること自体が無くなって行きました。

ただし、Bに直接触れられたアゴと右の二の腕には、あまりに深く悪いイメージが植えつけられすぎていて、しばらく後に至っても、私はその二箇所には気軽に触れられないままでした。皮膚に、物理的に直接、あからさまにアゴか右二の腕の角質が触れてしまった時には、さすがにドライアイス感が生じてしまい、石鹸を減らさなければならないことがありました。それでも、何はともあれ、2010年の1月以降に新規の伝播毒の定着は起こりませんでした。
そうして、既に定着してしまった伝播毒についても同様の措置を行い、いつしか意識に入れずに過ごすことができるようになりました。なお、この頃から私はTVゲームで遊ぶのは控えるようになりました。森田療法では症状から他のことに気を移すための時間の使い方として、仕事だけでなく遊びも大いに可とされているそうで、この時期の私は、それまで手をつけていなかった南国の果物を次々に果実酒に漬けていったり、将来果実酒ブログを作ろうと思いついて、アングルを吟味して果実酒を写真に収めるようにしたり、今までつけた果実酒を、一つの大きな瓶に少しずつ集めて、新たな種類の果実も少しずつ足していって「世界に存在する全ての果物を使って果実酒をつくろう企画」を立てたり、自分の趣味を掘り下げる新しい考案を積極的にするようにして、娯楽の方面にも心が流れるように意識していました。ただし、森田療法の心得としては、仕事を主にし、遊びを副とすることを指導されるのだそうです。そして、娯楽の内でも囲碁など、身体の動きの少ないものは推奨されないそうです。TVゲームの存在を森田正馬が知ったら激怒したかも知れません。

さらに、幻聴の不安からも脱することができました。遠くの部屋で点いているテレビの音や、隣家の夫婦の罵りあいを少しの時間聞いているだけでも、心中にストレス感が急速に高ぶっていくのを、幻聴の完成に近づく証拠として感じられていたのが、それは単に、精神交互作用の影響によるものであったことに気づけたためでした。

私に欠けていた観点は「人生の充実に目を向けることによって症状を受け流す身のこなし」であったのです。私は、曝露反応妨害法を剛の療法で、森田療法を柔の療法だととらえました。症状に真っ向から立ち向かい、じーっと見つめ続ける曝露反応妨害法は、不眠や肌に服が張り付く感覚が気になるといった、「悩みをじーっと見つめ続けよう」と心の声を出すことが、その維持につながる種類の悩みであったり、隣の家から発せられるだみ声と金切り声への恐怖という、緩急や間断があって連続的に自分に曝露を起こさせるのが難しい悩みであったりには適応できなかったのです。森田療法を覚えて、ようやく欠けていたピースをはめることが出来たのです。
森田療法の知識は、無料で、迅速で、強力な、私にとってうってつけの学びでした。私は、長谷部先生に疑問に思ったことを尋ねました。
「長谷部先生、森田療法という療法のことは、精神医学の学会ではみんな知っているのですか?」
「森田療法ですか。ええ、知っていますよ。学会で論文も配られてて、精神科医なら誰でも大まかには知っていると思います。あんな、面倒な療法はとても出来ないと思いました」
「では、精神交互作用とか、身体交互作用という用語のことも知れ渡っているのですか?」
「精神、交互作用・・・?」
どうやら森田療法は「薬をなるべく使わず、入院治療を要とする」というイメージが強すぎて敬遠されるのか、現代でも詳細は知れ渡っていないようなのです。

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