【B毒の汚染】 第八章~隠された古文書~ その1

Pocket

〈第八章~隠された古文書~〉

転機が訪れたのは、2010年の初頭でした。
社会生活に戻れないまま月日が過ぎてゆき、持て余した時間の内に、活発な自分への憧れも、思い通りにならない身体への歯がゆさも強まる一方でした。
自由を最も制約する枷は、やはり不眠の悩みでした。私は、その頃にもいまだに、どうすれば毎晩健全な眠りを摂ることができる身体を手に入れられるのかということばかり思案していて、そのたびに葛藤に渦巻かれてしまいました。
私は、早い段階から、何度も「長谷部先生に枕の上で考え事を始める間もなく眠れるようになる強い薬を出してもらおうかな・・・・」と、心を傾けては、そのたびに「でも薬害が・・・・。肝臓への負担が・・・・。Bのせいで肝臓ガンにかかったら・・・」という懸念によって、思いとどまらされていました。
一方、薬を使わない前提の上での不眠解消法をインターネットで探ったところ、その頃でも就寝前に座禅を組む習慣を持っていたことも関係していましたが、座禅よりもさらに高度な呼吸法であるという丹田呼吸法なるものを知り、その呼吸法を習熟しようかな、と思い立ちました。丹田呼吸は武道の修練にも役立つと紹介されていたことも、その意欲に力を添えました。
しかし、丹田呼吸法を学べる道場は、ほとんど東京23区内にしかないそうなのでした。
最寄り駅は使いたくない!自転車で30分かけて3つ隣の駅まで行ってから電車に乗ろうかな、いや、面倒だし、元同級生との遭遇率はあまり変わらないだろう・・・。バイクの免許とろうかな・・・。いや、近隣の教習所には、元同級生がいるかも・・・。それに、車の運転は事故が怖い・・・。父親が平日、朝6時に自動車で浦和まで出勤しているから、それに乗っけてもらおうかな・・・・。でも7時に着いた後に、道場が開くまでの時間つぶしどうしよう・・・。第一、父親とあんまり話したくない・・・。道場の近くに下宿・・・?いや、家賃が何万円もかかるし、丹田呼吸法のためだと説明しても両親が家賃を負担してくれるどうかわからない・・・。家賃の分バイトをしようにも、毎晩の睡眠が安定してないのにちゃんと約束どおりの時刻に出勤できるか自信ないし、バイト先の誰かにまた身体のどこかをしつこく触られるかも知れない・・・。アパートの隣の住人が、やたらに物音を立てる人で、その騒音へのストレスが幻聴に変わってしまうかも知れない。それにBの不法行為のせいで、通常より多く支払わされる、水代と光熱費の明細票や石鹸代のレシートを見るのがいやだ・・・。
東北には丹田呼吸の道場は、仙台に一軒だけあるみたい・・・。福島から通うと・・・。新幹線使って一回往復10000円かあ・・・・。・・・・・・。

私は、日を追ってセンチメンタルを深めてゆきました。もうずっと長い間友達との楽しい思い出を作れていない自分の人生に、敵ばかりが思い浮かぶ人生に、枷を何度はずしても、また新たな枷が現れる人生に、希望は皆無となりつつありました。この頃の私はしばしば夜中に小学生の頃に住んでいた町の公園に自転車で出かけて、木々の間を歩き、遊具にもたれかかりました。
私は、ノスタルジーの情にひたることによって、自分の現況から目をそむけていたのです。
あるいは私は、深夜の汚れの少ない涼しい空気の匂いを嗅ぎました。それによって少しすっきりした気分を感じて、気を紛らわせつつ、主に日中外を出歩く普通の人には味わえないであろうそのちょっとした気分の良さを、自分の中で、大きな気分の良さであるかのように言い聞かせて、夜だけの楽しみを知っている自分を演出して、自分の時間の使い方が一般の人と劣らないと思い込もうとしていたのです。

そうして、私は一月の半ばを迎えました。
自室で、いつものようにインターネットの面白いページを探していると、2ちゃんねるのまとめサイトのあるスレッドが目に留まり、「舌の置き場所を意識しだすと、もどかしい」とか「足の指同士のしめり気含んだつくかつかないかの感覚を意識しだすと、気持ち悪くて切り落としたくなる」など、普段の生活の中で気にし始めると止まらなくなる些細な身体感覚を挙げて共感を得るというお題のスレッドがあり、私も興味を持って画面をスクロールさせていました。そうしてふと、その中の書き込みに「強迫性障害の治療なら『森田療法』がオススメ」とあるのが目に留まりました。

『森田療法:森田療法とは、精神医学博士・森田正馬(1874~1938)が大正時代に創始した日本発祥の心理療法です。対人恐怖症、強迫性障害、パニック障害、特定の事物への恐怖症などの神経質症(現在では不安障害と言われます)に有効とされています。薬をなるべく用いず、患者を何もない個室のベッドに横にさせたまま、食事と入浴とトイレ以外の一切の行動をせずに、一週間過ごしてもらい、人間が本来持っている行動したい欲求を活性化させ、その後の充実した生活につなげる絶対臥褥を特徴としています。
第一期 絶対臥褥期                           (五日から一週間)
第二期 起床、散歩、草花や蟻の観察、日記の記述など、病院内での軽作業を許す      (三日から一週間)
第三期 園芸、薪割り、手芸、袋張り、掃除、ウサギや鶏の世話、薪割り、風呂焚き、畑仕事、他の患者との遊戯など重い作業も行う。(一週間以上)
第四期 社会復帰への準備期間。外出訓練など。事情によっては、病院から通勤、通学を再開させることもある。
・・・・・・』
検索し始めた最初の印象は「自分には適さない」でした。「無気力な、ニートの人向けの療法だな・・・・。自分は、無職は無職でも、事情があって外に出れないんだから関係ないよ。プー太郎は中途半端に気晴らしが出来る内は社会に出ないから、完全に退屈きわまる思いをさせれば動き出すだろうという、単純な真逆の発想をしただけの民間療法に近いものだな」と軽蔑心すら覚えました。
ところが、続けてページをめくっている内に、私は「メンタルヘルス岡本記念財団」という公益財団法人のホームページに行き当たりました。そこには、森田正馬の弟子の高良武久という方の著作を転載したコンテンツがあり、私はすぐさまその文面に魂を奪われました。

(このとき私が発見したページはこちらになります。メンタルヘルス岡本記念財団のホームページは、ありがたいことに今日までも続けて運営され、コンテンツもどんどん拡充されています。 不眠への恐怖、パニック障害、潔癖症、騒音恐怖、劣等感、対人恐怖症その他不安障害に悩んでいる方には、絶対におすすめのホームページです。)

次の記事{第八章~隠された古文書~その2}へ進む→

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です