【奥村進、山浦秀男の倨傲5】

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2006年1月31日、教室の中央に現れた十数人の男子生徒の輪の内で交わされる会話を背後に、立瀬将樹は耳をそば立てていた。輪の中心には、四日後に控えているクラス対抗ラグビー大会における1年4組のスターティングメンバーの一覧を記載するプリントがあった。用紙にはメンバーのポジションや身長体重の他に、その人物のチーム内での通り名を紹介する欄が設けてあり、チームメイトの二つ名を考える、というのが彼らの口吻に上った議題であった。奥村進は、柔道の黒帯を取得していたことから、柏原勇気より「ブラックベルト」との異名を得たところの、己が図体の大きさを活かして、ラグビーの試合で活躍する自分の姿を今から想像し、期待を膨らませて乗り気でいるだけに、会議でもかなりの発言力を獲得していた。また校舎内や中庭の隅でバイオリンを弾き鳴らす趣味のある飯倉亮一郎に「戦場のヴァイオリニスト!!」なる称号を与えるなど、自分の提案したメンバーの異名が採用される毎に、級友の一人一人に自身がチームのかけがえのない一員であることを意識させ、以って隊の結束力や士気を強めるという役割を担う、1年4組勝利への立役者としての自負に、一層確信を深めるらしく、奥村進の活力は増す一方だった。ところが、その奥村進並びに議会に参加していた一同が揃って押し黙ってしまう一刻に至って、彼らが題目を「立瀬将樹の異名を考える」に移したことを立瀬将樹が直感したのは、山浦秀男が「フッ、たつせまさき」と(誰も何も思いつかないだろ)という意味の嘲笑を浮かべたのよりも先だった。
「どうしようか?」
と書記を務めていた柏原勇気が他のメンバーと顔を見合わせた。それからややあって奥村進がじれったげな、低い声で呟いた。
「沈黙のステルス」
書記が鼻でため息をつき、ちんもくってどう書くんだったっけ?と飯倉亮一郎に問うてから筆記に取り掛かった。立瀬将樹は心の中で次のように嘆いた。友達がいないことを気にしていると周囲に悟られないために、交友関係を広げることに頓着しない人間に扮しようという思考回路の元に、教室では仏頂面を保っている自分についてのクラスメイトからの印象が「常にだんまりでいる」が最も有力だったのだとしても、それのみが自分の特徴ではない。先々月に開催された、学校の年中行事である長距離走大会において、自分は1年4組中で吉田圭輔に次ぐ2番目に優れた成績を納めた。10.8キロメートルを走りきるのに要した時間が吉田圭輔と大差のなかった自分は、全身持久力に関しては、クラスで最高位の実力を持つ、と紹介されてしかるべきだった。また柏原勇気と自分が所属している図書委員会主催の恒例行事である国際交流会にて、今年行われた催しが、自分の発案した企画による物であったことを柏原勇気は知っていた。柏原勇気は、自分を、奥村進が「黙っている以外能無し」呼ばわりするのに異を唱えることができたはずだった。

【奥村進、山浦秀男の倨傲】完

※作中の登場人物の氏名はすべて仮名です

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