【緊急避難だと思う】

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十月のある朝会の日に至って、私は体育館に足を踏み入れかけて、突然押し寄せた泣き崩れたい感情に胸を締め付けられて、保護本能からくる反射によってきびすを返しました。私はひとまず、校舎内の体育館に近いトイレに逃げ込み、見回りの先生がドアを開ける時には、眉間に皺を寄せて、お腹に手を当てた演技とともに「急に腹痛を起こした」と呻いて、その朝会の時間をやり過ごしました。そうしてそれ以降、高校一年生の間、私は全校集会および学年集会には一度も出席しませんでした。(二年生、三年生時も年度の初めを除いて同様でした)
全校集会は授業時間であるために、校舎に残っている生徒が居ないかどうか主要な教室とトイレには先生方の見回りが入る上、受け持ち級のない先生は集会の間も校舎に残っていて、普段の昼休みのように図書室も使えず、廊下の堂々巡りもできず、最果ての区画に留まっても一度見つかれば逃げられず、人目を避けつつ時間をつぶすのは、昼休み中よりもずっと難度の高いことでした。週に一回ある全校朝会の方は、教科が始まる時間まで遅れて登校すれば、集会に居なかった理由は、自然に寝坊によるものとみなされて、他の同級生の目にも目立たないし、担任の教師から事情を聞かれることもなく、労せずやり過ごすことが出来ました。(高校によっては、遅刻の度にその理由を書かせる書面が用意されていたり、遅刻何回分につき一回欠席したことになる制度があるようですが、私の高校はその限りではありませんでした)
しかし、午後の全校集会には、苦慮しました。私は、木曜日の五時限目が終わると、休み時間中に下駄箱へ向かい、裏門から外に出て、講堂での集会が終わる間際まで待機をしていました。私の通う高校は自由服なので、一人で徘徊していても、通りすがりの人にいぶかしまれることがないのは幸いでした。
二コマ連続で設けられた「総合的な学習」の時限が両方集会になることもあれば、片方だけのこともありました。片方だけの時は、50分間の一時限から、裏門に戻る際に人がいないかを見計らうための時間として計上している終わりの10分を引いて約40分間という時間を、学校の敷地外でやり過ごさなければならず、それは、じっとしていれば手持ち無沙汰で、遠出するには足りない微妙な時間でした。学校のすぐ近くにはレジャー施設はなく、徒歩15分をかければbookoffがあるくらいのものでした。私は、小上がった丘の上に建つ学校の、そのふもとの等高線に沿って、埼玉にありがちな住宅地と畑の書き割りが延々と続く道をあてどもなく歩いたり、校庭の野球場のバックネット裏の高い木がそびえ立つ林の暗い根元で息を潜めたり、周回の通り道にある駐車場つきのマンションの、駐車場の敷地奥の金網を越えた先に草で覆われた土手があり、その斜面に寝そべって、牧歌的に過ごすようなそぶりをしたりして、遅滞した時間をどうにかやり過ごしていました。

なお、総合的な学習が二時限とも集会となった時には、一時限分の時間と中休みの10分が足されて100分間もの空き時間を得られたわけですが、その際でも私はbookoffへは出かけず、按配良く学校から遠くへぶらぶら歩いて、偶然見かけた公園などに留まりました。
私は、大観的には担任の教師が生徒たちに席順を守らせるという通常業務を怠っていることによって、私が集会に出られない、という構図であるのに、もし娯楽的に時間をつぶしているのが発覚すると、逆に私がカリキュラムを怠けている完全な悪者として非難されてしまう気がしたのです。

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